
最高だった。わたしをモデルにしてるみたいだった。wwwww冗談です。
いいですねーーーーーー。最高です。脚色もいいですね。仏の教えと現実のはざまを描いているね。「この手は命を救うためにある。」でも現実には、限界がある。わたしも保育園でその現実に遭遇している。
病人の家族の意向が重んじられる。この場合、家族が手術しないでくださいといえば、それはできない。限界ですね。
スカッとするね。主人公が最後にパンチした。これはスカッとするね。現実は暴力になるから。傷害罪になる可能性がありますね。70年代まではそのパンチしてよかった。いい時代だった。今はだめね。わたしも、殴りたいときあります。または、おこりたいときありますよ。でも、我慢してる。このシーンみて、すかっとしてる人たくさんいるかなーーー。視聴率みたら、だいたい、わかるね。8%じゃ。たくさんではないね。
幼児虐待がでてきたね。こころを救うですね。それを救いにいくのかな、って思ったら警察が来て、逮捕されそうになっていたね。わたしも警察はこなかったが、間違われた。その時、「まどかの園長先生や—」と助け船があった。よかった。
次回は、永久出勤停止だって。首、解雇ではないんだ。現実なら解雇だね。まーーここはドラマです。この場合、裁判にはならないね。脚本ではどうやって、復帰させるのか。楽しみです。
わたしの手は、「こころを救うため」にあるだ。それを救うているんだろうか。救っているね。なんとなくが、そうか、と思ってくれていると判断しています。
今年、説教テーマは「信仰告白」です。これも精査しないといけない。先輩に相談する。こんど、訪ねて行こう。師匠は高齢でダメです。遠いし。いや、遠ければ手紙で聞けばいいね。あ、病気だった。
視聴率12.%11%8.5%だって。上がってほしいです。
うんん。よかったんじゃない。このドラマをみて、少しでも仏教に興味をもって、もらったらいいんだけど。地方はちゃんと仏教は生きている。みんな、「小さな生き物を大事に」のこころもってる。ただ、意識してないだけ。仏教徒だって、意識してないだけ。意識しないといけないんだ。
生老病死。老病はわかるね、死は「死後どこへ行くんだろう、地獄はいやだ。極楽がいい。地獄にいったら、どうしよう。」っていう苦しみです。生は「愛されていない」苦しみ。これはあるなー。よく見かける。そして、ドラマにあった、行き場所がない。居場所がないっていう苦しみ。学校、職場、事業。など。これらにとらわれて、苦しむ。周りが見えなくなって苦しむんだね。これが煩悩ですね。
ドラマの最後では、患者さんの心をすくっていたね。とらわれから解放されて、「ガムシャラに生きていきます。」だ。
これからも見ていきます。
仏教を完璧に理解した医者を登場させてほしかった。無理かなーーーー。原作読みます。
結論からいうとまあまあよかった。
このドラマの題をみて、どうせ死を避ける内容だと思ったが、いかんせん、死を見つめていた。「死んだら、浄土に送ってやる。」というセリフがあった。死後の世界を肯定してるね。
東京のほうは、仏の教えがないようですが、(救急車が来ても、とまらない 。譲らない。)死を汚らわしいと思ってる人が多いようです。ドラマの冒頭にもそのシーンがあったね。
ドラマの中で、世間の常識と仏教のそれがぶつかってた。内容はわすれた。
視聴率はまだ、でてないって。原作は読んでないが、この手のドラマは、だんだんと、仏教色が薄れて、お涙ちょうだいになっていくと思う。
「死と心を救えるか!」っていう、テーマはいいなーーーーー。心を救うのが仏教です。
10月下旬から門徒300軒を「ほんこさん」に回り、投稿できませんでした。今後はフォトギャラリーを設けようかと思います。期待してください。光円寺の四季を投稿します。
ちょっと難解かもしれません。難解みたいだ。読んでください。
生経というお経の中に出てくる話です。
ある時、暴れ馬がいました。暴れ馬は主人が背中に乗っても、前足を上げたり、後ろ足を蹴ったり、背中を揺らしたりして彼を落とそうとしていました。起こった、主人が小屋に閉じ込め、エサを与えず罰を与えていました。馬は「どうしていじめるんだ。何もわるいことしていないのに、いじっかしいのに。」と思っていました。馬はやせ細り、元気がなくなりました。馬は思いました。「モーだめだ。主人のいうこを聞こう。」と思いました。そうすると、気持ちが楽になりました。そして、主人を背中にのせて、走りました。エサをもらい、元気になりました。
その馬が、仔馬を産んだのです。その仔馬もまた、暴れ馬でした。そして、同じように主人を背中から落としていました。当然、主人は、罰として小屋に閉じ込め、エサを与えませんでした。同じように「どうしていじめるんだ。なにも悪いことしていない。ただ、いじっかしいだけだ。」と思っていました。仔馬はやせ細り、元気がなくなりました。そして仔馬は母馬に助けを求めました。母馬はいいました。「お前の災い、憂いはお前の過ちだ。主人のいうとおりにすれば、なくなるだろう」といいました。仔馬は母の言う通りにして元気になりました。
この話はパッと見れば、長いものにまかれろ。ととれますが、これは経典の話です。主人を仏、馬を私ととればいい話です。仏の教えを守れば、災い、憂いが亡くなり、幸せに暮らせる。ととれます。その通りなのです。仏教いいのです。