
園の職員に、「もしもの時は、子供を身を挺して守ってね。」って、いおうとしたとき、誤解を招くかなと思い。すなわち、「園のために命を捨てろ。」ってとられそうなので、「くれぐれも気を付けて頼むって」いいわたしました。
むつかしいね。立場があって。副園長とそれについて話したが、「子供の命を守るために」と条件をつけてもだめらしい。そして、副園長曰く、「うちの保育士はその時になったら、身代わりになってくれると思う。」と言ってくれたので、それでよしとしました。
世の中の大人はもっとしっかりしないといかーーーーーーーん。このとき、あいつ馬鹿じゃない、と考えてはいけない。しっかりしない、と心配しないといけない。慢心はいけません。
52才の女性がボーとして右折した!って。アクセルとブレーキを間違えて公園に突っ込んだ!って。何をしてるんだよ。しっかりしないと。
わたしもブレーキとアクセルを間違えようとしたときが一回あった。それ以来、気を付けてる。コインパーキングを出るときは必ず、Pに入れている。
簡単に書きました。読んでね。
他宗派の教え=1、100%死ぬことをわきまえて生きる。(無常)2、おかげさまの気持ちで感謝する。(縁起)
浄土真宗の教え=上の1,2プラス小さな生き物を大切に、と、人の心を傷つけない(十善行)
「スクワットを筋肉が痛くなるまで」に「腕立て伏せを筋肉が痛くなるまで」に変更しました。
お葬式がずーーーと続いていました。すいません。
お葬式がずーーーと続いていました。すいません。
皆さん面白いと言ってくれます。読んでください住職日記
仏教はインド、中国、日本と伝わってきました。特に、インドから中国に伝えたのが三蔵法師です。
三蔵法師は噂をきいたのです。それは、インドに、人間が自分の死を想像すると恐怖を感じる。すなわち、死後極楽に行くのか浄土に行くのか、わからん。地獄にいったらどうしようという恐怖を感じる。その恐怖を無くする仏教というのがあるという噂を聞いたのです。
法師は、それならば、中国の人たちをその恐怖から解放させたい、救ってあげたいという思いになって、インドへ経典を求めて旅立とうとしたのです。すると、弟子がいいました。法師様「インドに行くには大きな灼熱の砂漠があります。それを乗り切っても、また、極寒の高いヒマラヤ山脈があります。到底生きては帰れません。どうか、インドに行くのはお止めください。」と。それに対して、法師はいいました。「1%でもいける確率があるならば、わたしは死んでもかまわない。インド行って、経典を持ってきたい。」と。
そして、また、旅の準備をしていました。ところが、当時の中国は皇帝の許可がなくては、出国できないことになっていました。それで、法師は皇帝に手紙を書いて許可を得ようとしました。しかし、次の日も、次の日も、いつまでたってもその手紙は届きませんでした。法師の胸には中国の人を救いたい、その恐怖を取り除きたいという気持ちが心の中でどんどん大きくなって、もう我慢できないと、もう我慢できないといって、インドに旅立ったのです。それもたった一人でです。
おそらく法師はシルクロードのラクダの商隊と共にインドに向かったと思います。砂漠は気温40度です。砂嵐もあったでしょう。TVで砂嵐を見ました。上空1000mもある砂の粒の嵐です。息もできないでしょう。おそらく、衣の袖で顔を隠して歩いたに違いありません。ヒマラヤでは毛皮を5枚着て寒さをしのぎ、重いのを我慢して登ったでしょう。
片道3年です。3万キロです。インドで経典を集めるのに7年です、足掛け13年です。
どうか皆さん、法師が命懸けで、13年かけてでも伝えたい、仏教なのです。それくらい、仏教は大事なのです。ありがたいのです。死の恐怖は深く、暗ーーーいのです。私たちは、おぎゃっと生まれて浄土真宗の家に生まれました。その時より、仏教を体得しています。ですから、死の恐怖はなく、極楽浄土に行きますから、明るーーーーく、最高の幸せを享受しています。
もし、仏教を知らなかったら、毎日恐怖を感じ、つまり「今から寝るけど、明日、目が覚めるかなー。目が開かなかったらどうしよう。地獄にいくのかな。地獄行ったらどうしよう。」と恐怖と戦うしかないのです。暗-----く生きねばならないのです。井戸の中の蛙ではいけません。仏教の大事さを持ちましょう。仏教徒を自覚しましょう。浄土真宗の信徒を自覚しましょう。
明日からのおまいりをお願いします。南無阿弥陀仏。
追伸 改めて仏の教えとは1、小さな生き物を殺さない。2、人の心を傷つけない。3、おかげさまの気持ちで感謝する。4、100%死ぬことをわきまえて生きる。この教えを心に持って、阿弥陀様、ご先祖の仏に感謝の南無阿弥陀仏とお参りすることです。詳しくは「わかりやすい浄土真宗の教え」を参照。
正確には老化予防ですね。読んでください。