
皆さんの心の中には「人のこころを傷つけない」がありますね。それはお釈迦様が発見した教えです。自分で発見したのではありません。よって、あなたは仏教徒です。生まれながらにして、仏教徒なのです。これからもずーっと仏教徒なのです。死ぬまでです。ちゃんと理由があります。
あるおじいちゃんいうにはお参りするとスキットするそうです。私も少しスッキリします。これが迷い、苦悩を消すということでしょうか。
この間、月3回、私とお参りしていたおばあちゃんが95歳でなくなりました。元気でした。それから、近隣の住職さんもみな90歳まで元気にお参りしていました。なんかーたくさんお参りすると95まで元気にいれるみたいです。
もちろん、小さな生き物を大事に。人のこころを大切にこれは守らなければなりません、それとガンなどの病気がでてしまえばだめですがー。
病気の原因は生活習慣、遺伝、ストレスだそうです。ストレスはほんとに原因です。経験があります。お参りでストレスはある程度消すことができますね。
たくさんお参りして若い人に迷惑をかけずにあの世にいきたいですね。
住職「今年はよく草がのびますねー」
おばあちゃん「畑の草も喜んで大きくなっとるわいね。」
いいねーーーーーー命を大事にしてる。最近は高温と雨で畑の雑草がよく伸びてる。寺の境内もシルバーさんにむしってもらいましたが、伸びてます。うううんんです。
畑に害虫ではなくて、かわいらしい虫がいたそうです。
「お前の住むとこはここではないよ。あっちへおいき。」って畑の外に出すそうです。
いいですねーーーー
仏教は不殺生です。すなわち、生き物を殺すな、です。みなさんはどうしていますか。料理をしていて、ゴキブリを殺す。畑で害虫を殺す。蚊やハエを殺す。こんな場合、どうしていますか?正解は「堪忍してくれよ、お前を殺さないと、こっちが生きていけないから」と南無阿弥陀仏を言うことです。
いま救急車の音を耳にしました。近くに消防署があるので、よくその音をききます。いつも思うんですが、救急車の先に、お腹が痛いとか、ここが痛いとか言ってる人がいるんですね。これを思うと、「大丈夫かなー」って。それで南無阿弥陀仏がでます。心の中でお念仏です。
それと、霊柩車を皆さんもみるとおもいます。霊柩車の中には仏さんがいます。誰かもしれませんが、仏の教えを守って、長い間、精進してきました。ご苦労様でしたと念じ、手を合わせてお参りします。
晴れの日も雨の日もどちらも大切な一日です。
余もすると、雨の日はじめじめしていやだーーーと思いがちです。仏教は1日を大切にです。どちらも感謝せねばなりません。(津幡いいとこ*山ほどあっろの会より)
悟りというのは生老病死の苦しみを滅した境地をいいます。すなわち、生苦は愛する人との別れなど、老病苦はわかりますね。死苦は生の断絶、死後どこの世界に行くかわからないというおそれをいいます。それらの苦を滅した境地を悟りといいます。
禅宗などのお坊さんは厳しい修行と学問でそれを体得します。頭では理解してるのですが、体が理解していないのです。ですから、死を想像するとおそろしいと言葉でいいます。わたしたち浄土真宗、浄土宗の門徒は死後、浄土に往くことによって、それらの苦を滅しているのです。ですから、死を想像しても怖くないはずです。
すなわち、悟りと浄土往生は同じなのです。親鸞聖人は「教行信証」という本のなかでそのことをむつかしい言葉で表しています。
大きなお隣の家をみて、
住職「このお宅は何回目の建て替えですか?」
おばあちゃん「3回目だよ。ここはお金持ちやもん」とあっけらかんといいます。
いいですねー金持ちはうらやましとか、にくたらしいとか思いますが、このおばあちゃんは素直に(お金持ちやもん)と認めます。そこには感謝の気持ちがあるのですね。